timeleszの新メンバーとしてステージに立つ篠塚大輝。オーディション番組「timelesz project」を追っていた人には、未経験から審査を勝ち上がっていった姿が強く残っているかもしれません。
けれど、アイドルになる少し前までの篠塚は、一橋大学で経済学を学ぶ大学生でした。芸能事務所に所属した経験もなく、歌もダンスも本格的にはやっていませんでした。
歌もダンスも未経験だった大学生が、応募締切の約3分前にタイプロへエントリーしました。
その一方で、小学生のころにはSTARTO ENTERTAINMENTのアイドルを見ながら、自分がグループに入る姿を想像していた時期があります。中学・高校ではその夢をいったん忘れ、大学進学、そして就職という進路を考えるようになりました。
忘れていた小学生時代の気持ちを思い出させたのは、高校時代からの友人でした。大阪府出身の少年が男子校、一橋大学、そして約1万9000人が応募したオーディションを経てtimeleszに加わるまでを、昔の本人の言葉とともにたどります。
篠塚大輝はどんな子どもだった?小学生で抱いたアイドルへの憧れ
STARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールで公表されている篠塚大輝の出身地は大阪府です。具体的な市区町村までは公表されていないため、「堺市出身」など特定の地域を地元として断定することはできません。
小学生時代の篠塚は、テレビでSTARTO ENTERTAINMENTのアイドルをよく見ていました。大阪出身ということもあり、SUPER EIGHTやWEST.、なにわ男子を見て育ち、さらにさかのぼって嵐やTOKIOも好きだったと振り返っています。
「このグループに入ったらおもろそう」
出典:anan「【timelesz project #15人の想い⑥】篠塚大輝『壁にぶち当たって、自分の弱さを知れた』」(2024年12月18日発売号)
当時は、画面の向こうのアイドルを眺めるだけではなく、自分がグループに加わることまで想像していました。ただし、このころから芸能活動を始めたわけではありません。子役やモデル、芸能スクールなどの活動歴も公表されていません。
小学生のころにはアイドルへの憧れがあったものの、中学・高校へ進むうちに、その夢はいったん日常の奥へ引っ込んでいきました。
高校1年生で初めて自分のスマートフォンを持った
学生時代の小さな思い出として、篠塚は高校1年生のときに人生で初めて自分のスマートフォンを持ったと話しています。ゲームや動画を見ることが好きで、その後もスマートフォンをよく使うようになったそうです。
いまはSNSや動画に登場する側になっていますが、当時はごく普通に画面を見て楽しむ学生でした。芸能活動をしながら学校へ通っていたタイプではなく、学生生活と芸能界の間にはまだ距離がありました。
篠塚大輝の家族構成は?父親・母親・兄とのエピソード
篠塚が家族について語ったインタビューには、華やかな話よりも普段の暮らしが見える場面があります。特に印象に残るのが、実家で毎朝食べていた朝食です。
母が朝から用意していた味噌汁と焼き魚
「おふくろの味」を聞かれた篠塚が挙げたのは、特別なごちそうではなく、朝食の味噌汁と焼き魚でした。母親は朝から魚を焼き、しっかりとしたメニューを用意していたといいます。
「篠塚家は絶対に朝食を食べるんですよ。」
出典:non-no web「timelesz篠塚大輝くんの好きな公式、待ち受け画面、寝る時の格好につきあったときのメリットまで!今知りたいこと全部聞いてみた!」(公開日記載なし)
毎日繰り返された朝の食卓だからこそ、味噌汁と焼き魚が強く記憶に残っています。アイドルになる前の篠塚の日常を考えるとき、母親が用意した朝食を食べて学校へ向かう姿は、かなり具体的な一場面です。
本人が明かしている実兄の存在
篠塚には兄がいます。timeleszの寺西拓人との関係を「兄弟っぽい」と言われることについて話した際、自分にも実際に兄がいることを本人が明かしています。
「僕には実際に兄がいる」
出典:MAQUIA「【篠塚大輝さん】人生初のダイエットやエステ、『可愛い』のジレンマ…本音インタビュー!」(2026年5月23日)
兄は一般人で、氏名や職業などは公表されていません。兄弟関係について必要以上に推測せず、本人が公に話している範囲で見るのが自然です。
父親は医者?実家がお金持ちという説は公表情報なし
篠塚の父親については「医者ではないか」、実家については「お金持ちではないか」といった情報も見られます。ただ、父親の職業や実家の経済状況について、本人や所属先から具体的な公表はありません。
家族の氏名、勤務先、住所なども公表されていません。出身地について公式に分かるのは大阪府までで、家族の生活圏を特定できるような情報へ広げる根拠もありません。
篠塚大輝の学歴は?中高の男子校から一橋大学経済学部へ
篠塚の学生時代で公表情報がはっきりしているのは、中学・高校が男子校の進学校だったこと、サッカー部に所属していたこと、そして大学では一橋大学経済学部へ進んだことです。
中学・高校は男子校の進学校でサッカー部
本人は中学・高校を「男子校の進学校」と振り返っています。小学生のころに抱いていたアイドルへの憧れは、この時期にはすっかり薄れ、普通に良い大学へ進み、良い企業へ就職することが目標になっていました。
中高時代はサッカー部に所属。MAQUIAのインタビューでは、部活動の監督から挨拶や礼儀を厳しく教わった経験も語っています。芸能活動のレッスンに通う放課後ではなく、部活動のある学校生活を送っていました。
また、篠塚自身が中学受験と大学受験を経験したことも公に話しています。勉強は家へ持ち込まず、学校の自習室や塾など外で済ませ、家では食事をしてテレビを見て寝るという切り替え方をしていた時期がありました。
高校は大阪星光学院?学校名は公表されていない
篠塚の高校については、大阪星光学院高等学校の名前がインターネット上で挙がることがあります。しかし、本人やSTARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールでは高校名を公表していません。
本人の言葉として確実に扱えるのは「中高は男子校の進学校」という範囲です。そのため、具体的な校名は学歴カードでも確定情報として登録せず、男子校の進学校としています。
高校3年の受験期はコロナ禍だった
高校3年生の受験期は、新型コロナウイルスの流行と重なりました。篠塚は当時、STARTO ENTERTAINMENT所属タレントの配信が勉強の息抜きになっていたと振り返っています。
小学生のころに憧れたアイドルの世界は、この時点では将来の仕事ではありませんでした。それでも、受験勉強の合間に画面越しで見ていた存在が、数年後には自分が加わることになる世界だったことになります。
一橋大学経済学部へ進学
高校卒業後、篠塚は一橋大学の経済学部へ進学しました。タイプロ参加中から大学生であることと経済学を専攻していることは公に紹介され、2025年2月のtimelesz新体制発表時にも本人が一橋大学経済学部へ通っていると話しています。
一橋大学へ進んだあとも、芸能界入りを前提に学生生活を送っていたわけではありません。大学生になったころには、小学生時代のアイドルへの憧れは過去のものになり、芸能界へ入ることは「一切考えてなかった」と本人が振り返っています。
一橋大学は卒業した?2026年8月も「在学中」と紹介
篠塚の大学については「卒業できたのか」「留年したのか」という関心も集まっています。2025年には大学4年生として卒業を予定する趣旨の発言がありましたが、その後の公表情報では状況が変わっています。
2026年8月1日放送のTBSラジオ『…&シノ! from timelesz』の番組情報でも、篠塚大輝は「一橋大学に在学中」と紹介されています。2026年9月時点で、大学を卒業したと断定できる公表情報は出ていません。
在学が続いている理由について本人が詳しく説明した公表情報はなく、「留年」と決めつけることもできません。アイドル活動と大学生活を並行しているという、現在分かっている事実までにとどめるのが適切です。
一橋大学の学生からアイドルへ!芸能界を考えていなかった大学時代
timelesz加入後、木村拓哉のラジオ番組に出演した篠塚は、自分が「1年前までただの大学生だった」と話しています。大学へ進んだ時点では、将来アイドルになることを想定していませんでした。
勉強については、自宅と勉強場所を分けるスタイルを続けてきました。受験期には学校の自習室や塾を使い、家を休む場所にする。大学生になってからは移動時間にも勉強するなど、その時々の生活に合わせて学ぶ時間を確保していました。
タイプロへの応募がなければ、本人が中高時代に考えていたように、大学を出て企業へ就職する道を進んでいた可能性もあります。実際、大学生になって芸能界入りを考えていなかったことは本人が明言しています。
学生時代はプロレス会場の設営や家庭教師なども経験
学生時代にはアルバイトも経験しています。2026年に自身のラジオで振り返ったところでは、プロレス会場の設営や家庭教師のほか、単発の日払いの仕事もいくつかしていました。
国立競技場で行われたマンチェスター・シティ対バイエルン・ミュンヘンの親善試合では、VIP観覧席でビールを配る仕事をしたこともあったそうです。遠くに選手たちを見ながら接客していたという、大学生時代の具体的な一場面が残っています。
六本木のイベントブースなど、芸能活動とは別の現場でも働いていました。後に大勢の観客の前へ立つことになる篠塚ですが、その前には会場をつくる側、接客する側としてイベントに関わった経験もありました。
そこへ入ってきたのが、timeleszの新メンバー募集という知らせでした。自分から芸能界のオーディションを探し回っていたわけではなく、昔から篠塚を知る友人の存在が応募を現実の行動へ変えます。
高校時代の友人が背中を押した!締切約3分前のタイプロ応募
2024年、timeleszは新メンバーを一般から募集する「timelesz project」を始動しました。応募総数は18,922件。芸能活動経験者だけを対象にした募集ではなく、一般からも応募できるオーディションでした。
篠塚はオーディション番組を日常的に見ていたわけでもなく、歌やダンスの経験もありませんでした。それでも募集を知って心が動いたとき、高校時代の友人から「あんなに好きやったんやから応募してみたら」と背中を押されました。
「ちょっと1回だけ挑戦してみようかな。」
出典:TOKYO FM『木村拓哉 Flow』「第三百五十一回目『拓哉キャプテン × timelesz』Part2」(2025年4月20日)
その友人は大学で知り合った相手ではなく、高校時代からの友人です。木村拓哉から「その友達の後押しがなかったら多分ここにいないかもしれないね」と聞かれた篠塚は、迷わず「いないですね」と答えています。
小学生のころの篠塚がアイドルを好きだったことを覚えていた高校時代の友人が、忘れていた夢をもう一度目の前へ持ってきました。
応募は余裕を持って終えたものではありません。オーディションの応募締切が迫るなかで手続きを進め、エントリーを完了したのは締切のおよそ3分前だったと報じられています。
しかも篠塚が望んでいたのは、漠然と「有名になりたい」「芸能人になりたい」ということではありませんでした。小学生のころから見てきたSTARTO ENTERTAINMENTのアイドルになることに意味を感じ、年齢的にも最初で最後になるだろうと考えて挑戦を決めました。
応募前まで歌もダンスも未経験だった篠塚にとって、ここから先はそれまでの学生生活にはなかった課題の連続になります。選考が進むほど、経験の差は目に見える形で表れました。
歌もダンスも未経験!タイプロで14位から最終審査まで進んだ道
タイプロでは、審査が進むたびに候補生の人数が絞られました。篠塚は「SHAKE」の青チームで14位、「RIGHT NEXT TO YOU」で9位、team KIKUCHIで6位と順位を上げていきます。
スタート地点には、経験者との差がありました。ダンスの振りを覚えること、歌いながら動くこと、カメラや観客を意識してパフォーマンスすること。大学の勉強とはまったく別の技術を、審査の期間中に身につける必要がありました。
ananのインタビューでは、ここまで無茶をせずに生きてきたため、自分にできないことがこれほどあると知って悩む経験は初めてだったとも語っています。得意なことを見せるだけではなく、できないことが毎回突きつけられるオーディションでした。
それでも審査が進むにつれて順位は上昇しました。最初からダンス経験がある候補生と同じ条件ではなかったため、練習の量を増やしながら追いつく必要がありました。
最終審査まで残ったのは8人。篠塚は原嘉孝、浅井乃我、本多大夢とREDチームを組み、timeleszの3人と「Rock this Party」を、候補生8人で「RUN」を披露することになりました。
最終審査を前にした囲み取材で、篠塚は自分がここまで多くの候補生と出会い、別れてきたことに触れています。そして、timeleszの新メンバーとしてふさわしいパフォーマンスだけを考えるのではなく、会場に来る人へ目を向けていました。
「楽しませて帰ることを最終の自分の目標にして」
出典:ORICON NEWS「【タイプロ最終審査】篠塚大輝、ダンス未経験で飛躍『楽しませることを最終目標に』」(2025年2月6日)
最終審査時点でも本人は、自分に未熟な部分が多いことを認めていました。ただ、未経験であることを隠すのではなく、それまで積み上げてきたものをステージで出すところまでたどり着きます。
公式YouTubeには、6次・ファイナル審査に臨む篠塚の映像も残っています。文章で順位だけを追うより、応募時には未経験だった本人が最終審査のステージへ立った姿をそのまま見ることができます。
篠塚大輝がtimeleszへ!大学生からアイドルになった日
2025年2月、最終審査を経て篠塚大輝はtimeleszの新メンバーに選ばれました。橋本将生、猪俣周杜、寺西拓人、原嘉孝とともに加わり、佐藤勝利、菊池風磨、松島聡を含む8人体制が始まります。
一橋大学で学びながら、ほんの少し前まで芸能界入りを考えていなかった学生生活は、ここで大きく変わりました。オーディション合格後に所属するだけではなく、timeleszの一員として歌、ダンス、ステージ、撮影などの活動へ入っていきます。
加入直後の篠塚には、アイドルとして長く活動してきたメンバーや、芸能経験のある新メンバーとは違うスタート地点がありました。大学で経済学を学んでいた時間と並行して、仕事としてパフォーマンスを覚える生活が始まります。
2025年3月には個人の公式Instagramも開設されました。タイプロの候補生として知られていた篠塚が、timeleszのメンバーとして自分の名前で発信する場を持つようになった時期です。
加入から時間がたつにつれ、オーディション時代に経験できなかった仕事やステージも増えていきました。それでも、本人が語る出発点をたどると、最初から芸能活動を続けてきた経歴ではなく、学校生活の途中から進路が急に曲がったことがよく見えます。
timelesz加入から1年を迎えたあとも、篠塚は一橋大学に在学しながら活動していると紹介されています。大学生とアイドルという二つの時間が、加入した瞬間に片方へ置き換わったわけではありません。
小学生のころにテレビを見ながら思い描いた「このグループに入ったら」という想像は、中高の男子校生活と大学受験を経て、いったん忘れられました。それを思い出させた高校時代の友人の一言から、応募締切約3分前のエントリーにつながりました。
そして2025年、篠塚大輝は候補生ではなくtimeleszのメンバーとしてステージに立つ側へ移りました。学生として進んできた道の途中から始まったアイドル活動は、現在も続いています。
























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