Travis Japanのメンバーとして世界デビューを果たし、俳優やバラエティーでも活動の幅を広げている松田元太。ステージで見せるダンスや、飾らない話し方から知った人も多いかもしれません。
その原点をたどると、埼玉ののどかな環境で家族や近所の人たちに囲まれ、サッカーに夢中になっていた少年時代があります。学校では男子ばかりの環境で友人と騒ぎ、文化祭では仲間を集めてダンスも披露していました。
芸能活動が始まったのは小学生のころです。学校生活とジャニーズJr.としての活動が重なり、中学、高校と進むにつれて、松田元太にとっての「青春」は教室だけでなく、リハーサル室やコンサート会場にも広がっていきました。
2011年2月10日、小学5年生だった松田元太は事務所に入所し、アイドルへの道を歩き始めます。
家族との日常、学生時代の友人との時間、憧れの先輩との出会い、ジュニア時代のステージ、そして松倉海斗とともにTravis Japanへ加わるまで。現在の姿になる前の出来事を、本人の言葉とともに順番にたどります。
松田元太は昔どんな子だった?埼玉で過ごした少年時代
STARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールでは、松田元太は埼玉県出身とされています。幼いころの暮らしについては、2025年の『しゃべくり007』で家族や地元の同級生、恩師を通して詳しく紹介されました。
そこで描かれたのは、にぎやかな都会で育った子どもではなく、のどかな地域で家族や近所の大人たちと過ごす姿でした。反抗期らしい反抗期もなく、地域の人から書道や合気道を教わるなど、家と学校だけではない人間関係の中で育っています。
家族や祖父、地域の人に囲まれて育った幼少期
近所には、松田が“おじいさん友達”のように慕っていた年上の知人がいました。書道や合気道だけでなく、一緒に昼寝をするような時間まであり、後年の番組では子どものころの地元での暮らしを振り返っています。
家のすぐ近くには祖父も暮らしていました。松田が芸能活動を始めてからは、テレビや雑誌に登場した記録を祖父が残し続けていたと紹介されています。孫が少しずつ東京での仕事を増やしていく過程を、身近な場所から見守っていました。
幼いころに好きだったものの一つがディズニー作品です。2024年、『ライオン・キング:ムファサ』の吹替を担当した際には、子どものころから繰り返し観ていた作品について話しています。
小さい頃から『ピーター・パン』をずっと観て育って
出典:Real Sound「Travis Japan 松田元太、“ディズニーファミリー入り”で広がった夢」(2024年12月20日)
小学生のころには、書き初めに将来の夢を書いたこともありました。周囲からからかわれたことがあった一方、担任の先生はその夢を後押ししたと本人が振り返っています。2025年にはその恩師と久しぶりに再会しました。
サッカーに夢中だった小学生時代
少年時代の松田元太を語るうえで外せないのがサッカーです。小学生時代はサッカー少年団でプレーし、キャプテンを務め、地区の選抜大会にも出場していました。
ポジションは中盤。大人になってからグループでの自分の役割を聞かれた際、当時の経験を引き合いに出して、自分がチームで声を掛けていたことを話しています。
サッカーを習っていた当時はキャプテンでミッドフィルダーだった
出典:ORICON NEWS「松田元太、褒められるよりも喜ばせたい」(2025年4月30日)
当時のチームメイトからは、普段の松田とサッカーをしているときの松田では雰囲気が変わったという思い出も明かされています。学校では前に出て目立ち続けるタイプではなかったという少年が、ピッチでは仲間をまとめる役割を担っていました。
松田元太の家族構成は?父親・母親・妹KOKORO・祖父との関係
松田元太の家族については、両親や妹との具体的なやり取りが少しずつ本人や番組を通じて語られてきました。一般人である家族の細かな個人情報ではなく、子どものころから現在まで続いている関係の濃さが伝わるエピソードが多く残っています。
2025年の『しゃべくり007』では、父親から番組に肉声メッセージが届きました。さらにホームビデオや家族の写真も紹介され、松田が地元でどのように育ったのかを家族側の記憶からたどる構成になっていました。
家族LINEの「母ラジオ」と母親からの手紙
松田家の家族LINEには、母親が発信する“母ラジオ”と呼ばれる独特の投稿があることも明かされています。家族の中だけで通じるやり取りがそのまま続いているという、小さな日常の一場面です。
同じ番組では母親から松田へ手紙も届きました。いつもの明るいやり取りとは違う言葉を受け取り、松田が涙を見せる場面もありました。芸能活動が長くなっても、両親との距離が切れていないことが分かる出来事でした。
祖父が残していたテレビ・雑誌出演の記録
祖父は松田が事務所へ入ったころから、孫が出演したテレビ番組や雑誌を記録していました。小学生で始まった芸能活動は、本人だけでなく、近くで見守る家族にとっても長い時間の積み重ねになっていきます。
仕事が増え、松田が東京で過ごす時間が長くなるにつれて、祖父から見える孫の姿も変わっていきました。入所したばかりの少年から、テレビや雑誌で目にする存在へ。その変化を記録という形で残していたことになります。
妹KOKOROもアイドルの道へ
松田元太には妹がいて、現在はガールズグループUN1CONのKOKOROとして活動しています。兄妹関係は2025年にORICON NEWSでも報じられ、KOKORO本人も音楽活動を続けています。
兄が小学生から芸能活動を始め、後に妹もステージに立つ側へ進みました。家族の職業や住所といった公表されていない情報を広げなくても、兄妹それぞれがアイドルとして活動する現在までの流れだけで、松田家と芸能活動の長い関わりが見えてきます。
松田元太の学歴は?男子校の中学から通信制高校、大学進学の情報まで
松田元太は小学生のうちに芸能活動を始めたため、中学・高校時代は学校生活だけで完結していません。友人と過ごす教室の時間と、コンサートやリハーサルへ向かう時間が並行していました。
具体的な学校名については、本人が明かしている範囲とネット上で語られている学校名を分けて考える必要があります。本人の言葉から確実にたどれるのは、中学が男子校だったこと、高校生のころは池袋の通信制の学校へ通っていたことです。
男子校の文化祭で仲間と踊った中学時代
中学時代の思い出として本人が挙げているのが文化祭です。ダンスが好きな友人を集め、朝や放課後に練習し、KinKi KidsやKis-My-Ft2の曲でステージに立ちました。
通っていたのは男子校で、文化祭には近隣の女子校からも多くの人が訪れたそうです。会場がいっぱいになった光景を、仲間と一緒に喜んだことまで本人の記憶に残っています。
朝や放課後の練習時間は青春だったなと。
出典:ムビコレ「『君が落とした青空』松田元太インタビュー」(2022年2月16日)
映画で共学の高校生を演じたときには、校庭でサッカーをしながら好きな人のいる教室を見るような場面を楽しそうに語っていました。実生活では男子ばかりの環境が長く、その空気も本人にとっては学生時代の思い出になっています。
池袋の通信制学校とJr.活動中心の青春
高校生のころは、池袋にある通信制の学校へ通っていたと本人が話しています。学校名は本人から公表されていないため、特定の高校名を事実として置くことはできません。
高校生の頃は池袋の通信学校に行っていました。
出典:SGS109「映画『君が落とした青空』福本莉子&松田元太 Wインタビュー」(2022年2月17日)
高校時代の本人にとって、強く残っているのは学校行事より事務所での活動でした。当時はまだTravis Japanのメンバーではなく、ジャニーズJr.として先輩のコンサートや舞台に参加する日々を過ごしています。
授業の合間に部活動へ向かう一般的な高校生活とは違い、松田の場合はレッスンやリハーサル、本番のステージが放課後の時間に重なっていました。後年、自分の青春は事務所内のコンサートにあったという趣旨で振り返っています。
大学はどこ?明海大学説と大学中退説を整理
松田元太の進路では「大学」「明海大学」「中退」「辞めた理由」といった情報が広く語られています。大学進学に関する本人の過去発言が紹介されたことはありますが、大学名や卒業・中退の状況は、本人や所属先の公式プロフィールでは公表されていません。
そのため、明海大学に在籍したことや、大学を中退したことを確定情報として扱うことはできません。中退自体が公表された事実ではない以上、「大学を辞めた理由」についても本人の理由として断定できる情報はありません。
ネット上の具体的な大学名や中退理由は、本人・所属先が公表している学歴情報とは分けて見る必要があります。
松田元太の入所日は2011年2月10日!小学5年でジャニーズJr.へ
松田元太が事務所に入所したのは2011年2月10日。1999年4月生まれの松田は当時11歳で、小学5年生でした。サッカーに打ち込んでいた小学生の生活に、オーディション、レッスン、ステージという新しい世界が加わります。
Hey! Say! JUMPと山田涼介への憧れ
芸能界を意識する入口になった先輩は、Hey! Say! JUMPの山田涼介でした。2024年にドラマ『ビリオン×スクール』で山田と共演した際、松田本人が「この業界に入るきっかけ」と明言しています。
この業界に入るきっかけが今回主演の山田涼介くん
出典:フジテレビ「ビリオン×スクール インタビュー 松田元太さん」(2024年7月11日)
山田への憧れは入所後も消えず、長く尊敬する先輩として名前を挙げてきました。小学生だったころに遠くから見ていた先輩と、後に俳優として同じ作品に出演するまでには十年以上の時間があります。
サッカーに打ち込んでいた少年の進路に、山田涼介への憧れから「自分もあの世界へ」という選択肢が加わりました。
入所後はすぐにCDデビューしたわけではありません。ジャニーズJr.として舞台やコンサートの経験を積みながら、中学、高校の時間を過ごしていきます。
松田元太のジュニア時代!Sexy Zoneのバックで過ごした青春
松田元太の10代は、学校生活とジャニーズJr.としての活動が重なっています。本人が高校時代の青春として挙げているのが、Sexy Zoneのバックにつき、ツアーを回っていた時間でした。
「セクシーファミリー」で経験したステージ
当時、松田は“セクシーファミリー”と呼ばれるメンバーの一人として、先輩のステージを支えていました。曲を覚え、リハーサルを重ね、本番で踊る。通信制の学校へ通いながら、その時間が日常の大きな部分を占めていきます。
2014年には『ガムシャラ J’s Party!!』や『ガムシャラ Sexy 夏祭り!!』などに出演。まだTravis Japanに加入する前から、Jr.として観客の前に立つ機会を積み重ねていました。
松倉海斗との“松松”とそれぞれの活動
松田元太と松倉海斗は、名前の一文字を取った“松松”の呼び名で知られるようになります。二人はTravis Japan加入前から同じ現場に立つことがあり、2017年には堂本光一主演の舞台『Endless SHOCK』にもそろって出演しました。
同じJr.でありながら、最初からTravis Japanのメンバーとして活動していたわけではありません。別の場所で経験を積んでいた二人が、後に同じタイミングでグループへ加わることになります。
渡米直前の2022年3月には、公式YouTubeで松田自身の交友関係を紹介する「相関図」企画も公開されました。メンバーや先輩とのつながりを本人の言葉で見られる映像です。
2017年にTravis Japanへ加入!“松松”が加わり現7人体制へ
Travis Japanは2012年に結成されましたが、メンバーの入れ替わりを経験しています。2017年秋には5人体制になり、その年の11月に松田元太と松倉海斗が加わりました。ここから現在につながる7人体制が始まります。
5人体制だったTravis Japanに“松松”が加わる
松田と松倉は、すでに長く活動していたグループの途中から入る立場でした。それまで別々の経験を重ねてきた二人が加わったことで、Travis Japanは宮近海斗、中村海人、七五三掛龍也、川島如恵留、吉澤閑也を含む7人になります。
既存メンバー側にも変化がありました。七五三掛龍也は後年、松松が加わってからメンバー同士でコミュニケーションを取るようになったと振り返っています。加入は人数が増えただけではなく、グループ内の関係にも新しい動きを生みました。
ダンスを評価され加入した2人とグループの変化
Travis Japanは結成当初からダンスを大きな軸にしてきたグループです。2017年の加入時、松田と松倉はダンスの力を評価されて新メンバーに選ばれたと伝えられています。
小学生時代のサッカー、中学文化祭で友人と踊った時間、Jr.として先輩のバックについた経験。別々に積み上げてきた動きやステージ経験が、18歳だった2017年にTravis Japanという一つの活動場所へつながりました。
加入後の7人は、オリジナル曲や単独公演を増やしながら活動を続けました。ただし、すぐにCDデビューが決まったわけではありません。現体制になってからも、デビューまでにはさらに約5年の時間があります。
ロサンゼルス留学を経て2022年に世界デビュー
2022年3月下旬、Travis Japanは7人そろってアメリカ・ロサンゼルスへ渡りました。国内での仕事を続けながらデビューを待つ形ではなく、現地で共同生活をし、ダンスや歌、語学を学ぶ道を選びます。
7人でアメリカへ渡った2022年
渡米直後の3月27日には『World of Dance Championship Series – Orange County 2022』に出場し、Team Divisionで3位。夏には『America’s Got Talent』にも出演し、日本を離れた状態でパフォーマンスの場を広げていきました。
小学生で事務所に入り、国内の舞台やコンサートで経験を重ねてきた松田にとっても、メンバーと生活そのものを海外へ移すのは新しい環境でした。Travis Japanは留学中も大会や番組への挑戦を続けます。
「JUST DANCE!」で10月28日に世界メジャーデビュー
転機は2022年9月29日。Travis Japanが米Capitol Recordsと契約し、10月28日に「JUST DANCE!」で全世界メジャーデビューすることが発表されました。
Travis Japanやってやります!ジャニーさんの夢、僕たちが叶えます。
出典:ORICON NEWS「Travis Japan、10・28全世界メジャーデビュー決定」(2022年9月29日)
デビュー直前の公式Xでは、「JUST DANCE!」の松田元太ソロアーティスト写真も公開されました。Jr.として長く立ってきたステージから、世界配信デビューを迎えるメンバーとして紹介される段階へ進んだ記録です。
「JUST DANCE!」は2022年10月28日に配信され、Travis Japanは7人でメジャーデビューの日を迎えました。2011年2月10日にJr.になった松田元太にとって、入所から11年以上を経てたどり着いたデビューでした。
埼玉でサッカーをしていた小学生は、男子校の文化祭で仲間と踊り、先輩のバックでステージに立ち、18歳でTravis Japanへ加わりました。その後は7人でロサンゼルスへ渡り、最初の世界配信曲で新しいスタートラインに立つことになります。
現在の松田元太の前には、家族や地元の人に見守られていた時間と、学校とJr.活動を行き来した長い日々がありました。本人が「青春」と呼ぶリハーサルやコンサートの積み重ねが、そのままTravis Japanの松田元太になるまでの道のりです。




























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