Snow Manのパフォーマンスを見ていると、岩本照とダンスは切り離せないものに見えます。グループの楽曲で振付を担当することもあり、踊る姿に強い印象を持っている人も多いでしょう。
ところが、ダンスを習い始めたころの岩本は、レッスンに行くこと自体を嫌がっていました。先生が厳しく、なんとか休もうとしていた時期まであったと本人が振り返っています。
小学1年生の岩本照は、ダンスのレッスンが近づくとお腹が痛くなるほど嫌がっていました。
それでもダンスから離れず、小学生のうちに「踊ることを仕事にしたい」と考えるようになります。まだ事務所に入るはるか前、自分で履歴書を書いたのも岩本自身でした。
そこからすぐにアイドルへの道が開いたわけではありません。履歴書への返事を待った年月、別の舞台オーディションでの落選、長いジュニア時代を経て、ようやくSnow ManとしてCDデビューへたどり着きます。
岩本照は昔どんな子だった?ダンスが嫌だった少年時代
岩本照は1993年5月17日生まれで、公式プロフィールでは埼玉県出身とされています。幼いころから最初からダンスに夢中だったわけではなく、その入口を作ったのは母親でした。
本人が後年語っている少年時代をたどると、「ダンスが好きな少年がそのままアイドルになった」という単純な流れではありません。嫌がっていた時期と、自分から仕事にしたいと考え始める時期がはっきり分かれています。
小学1年生で母親に連れられてダンスを始める
ダンスを始めたのは小学1年生ごろです。2022年に「ノンストップ!」へ出演した際には、母親から「踊れたらかっこいい」と言われ、ダンススタジオへ連れて行かれたことを明かしています。
そこで待っていた先生はかなり厳しい人でした。岩本自身も当時を「嫌々」と表現しており、習い始めから順調にダンスの楽しさへ目覚めたわけではなかったようです。
「来年になっても、この人より踊れないと悔しい」
出典:ORICON NEWS「Snow Man岩本照、悔しさをバネにダンスに奮闘 『CHEER』で原点語る」(2026年8月25日)
2026年の『CHEER』では、厳しい先生を相手に「あの手この手」でレッスンを休みたがっていたことも告白しています。その一方で、翌年になっても先生より踊れないままなのは悔しいという気持ちも生まれていました。
レッスン前にはお腹が痛くなるほど嫌だった
嫌がり方はかなり強かったようです。2026年の「徹子の部屋」では、週1~2回ほど通っていたレッスンの日が近づくと、腹痛を感じるほどだったと振り返っています。
両親に反発しながらレッスンへ向かうこともあり、当時の岩本にとってダンスは「楽しい習い事」だけではありませんでした。それでも完全には辞めず、踊ることを続けています。
後になって自分から履歴書を書くほど気持ちが変わることを考えると、小学校低学年の数年間だけでもダンスとの距離は大きく変化していました。
マイケル・ジャクソンを見て気持ちが変わった
そんな時期に岩本が目を奪われたのが、マイケル・ジャクソンのダンスでした。テレビなどでその踊りを見て、自分も将来踊れるようになりたいという気持ちが芽生えていきます。
母親に連れられて始めたダンスが、少しずつ本人自身のものに変わっていきました。小学1~2年生ごろの出来事として、岩本は後年この流れを具体的に語っています。
小学3年生で自分から履歴書を書く
小学3年生ごろになると、岩本はさらに先のことまで考えるようになりました。ただ上手に踊りたいだけではなく、踊ることを将来の仕事にしたいと思い始めたのです。
「3年生の頃に将来踊りで職に就いていきたい」
出典:スポニチ「『Snow Man』岩本照 ジャニーズ入りはあの伝説歌手がきっかけ」(2022年6月27日)
小学3年生ごろには、自分で履歴書を書いて事務所へ送りました。
家族に勝手に応募されたのではなく、岩本本人が仕事としてダンスを続ける方法を考え、自分から行動したという点が特徴的です。ただし、この履歴書がすぐに事務所入りへつながったわけではありません。
ダンスはその後、ステージだけでなく振付やソロでの表現にもつながっていきます。Snow Manとして知られるようになるずっと前から、その入口には小学時代の試行錯誤がありました。
岩本照の家族構成は?父親・母親・妹・弟との関係
岩本照は3兄妹の長男として育ち、妹と弟がいます。家族の名前や職業を詳しく公表しているわけではありませんが、本人やSnow Manメンバーの発言から、家での様子が見えるエピソードはいくつか残っています。
特に母親は、ダンスを始めるきっかけを作った人物として少年時代の話にたびたび登場します。後に事務所入りへつながる時期にも、岩本のすぐそばにいました。
母親がダンスを始めるきっかけを作った
小学1年生だった岩本をダンススタジオへ連れて行ったのは母親でした。本人にとっては最初から望んで始めた習い事ではありませんでしたが、この時の経験が数年後の進路選択につながっています。
さらに中学生になるころ、岩本は演出家・蜷川幸雄が手掛ける舞台のオーディションへ挑戦しています。最終選考で不合格となった帰り道にも、母親が一緒にいて息子を慰めていました。
この帰り道で、しばらく返事がなかった事務所から電話がかかってきます。母親はダンスを始めた最初の日だけでなく、芸能界へ入る直前の場面にもいたことになります。
父親には甲子園へ出場した経験がある
父親については、Snow Manのメンバー同士で野球の話になった際、岩本自身が甲子園出場経験に触れています。父親の氏名や職業など、一般人家族の詳細は公表されていません。
「親父が甲子園に出てたから、センスはあると思うよ。」
出典:女性自身「Snow Man爆笑座談会『9人だから東京ドームで野球やりたい!』」(2021年7月23日)
岩本本人が野球選手を目指したという話ではありませんが、父親にスポーツ経験があったことが分かる数少ない家族エピソードです。
妹と弟がいる3兄妹の長男
岩本はきょうだいの中で一番上です。「Snow Manの素のまんま」では、幼いころ、家にアイスが一つしか残っていないと長兄である自分が最初に選んでいたという話も披露しています。
大人になってからの関係については、きょうだい全員でグループトークをすることも明かしました。幼いころの「兄だから先に選ぶ」という関係から、現在では気軽に連絡を取り合う関係になっています。
「みんなでグループでトークするぐらい仲が良い」
出典:WEBザテレビジョン「Snow Man岩本照、佐久間大介の兄弟は『佐久間の弟、マジ佐久間』」(2022年4月8日)
妹については、阿部亮平がラジオでSnow Manメンバーのきょうだい構成を話した際、岩本にも妹がいることを明かしています。弟についても、岩本本人が幼少期の顔立ちを比較する話の中で存在に触れています。
「弟つばさ」と検索されるが名前は断定できない
岩本照の弟については「つばさ」という名前がインターネット上で広く書かれています。ただし、弟の氏名は本人や所属先の公式媒体で公表された確定情報ではありません。
弟がいること自体は本人の発言から分かりますが、一般人である弟の名前まで同じ確度で扱うことはできません。家族カードでも弟の氏名は空欄とし、確認できる関係だけを掲載します。
岩本照の学歴は?小学校・中学校・高校・大学を調査
岩本照の学校生活で確実に追えるのは、小学生でダンスを始め、小学3年生ごろに事務所へ履歴書を送り、中学1年生ごろから芸能活動へ入ったという流れです。
一方、小学校・中学校・高校の正式な学校名は所属先の公式プロフィールに掲載されていません。インターネット上では具体的な校名も挙がっていますが、本人や所属先による公表情報とは分けて考える必要があります。
小学校時代はダンス中心の生活へ
小学校低学年のころは、学校生活と並行して週1~2回ほどダンスレッスンへ通っていました。当初はレッスンを嫌がっていたものの、小学3年生ごろには踊ることを職業にしたいと考えるまでになっています。
学校名そのものより、本人の進路に直接つながったのは放課後のダンスでした。マイケル・ジャクソンの映像を見て憧れを持ち、自分で事務所を探し始めたのもこの時期です。
小学生が自分で履歴書を書くという行動は、その時点で芸能界入りが決まっていたという意味ではありません。実際、送った履歴書に対する返事はすぐには届きませんでした。
中学1年生ごろに事務所へ入る
岩本が事務所へ入ったのは中学1年生のころです。WEBザテレビジョンの人物プロフィールでは入所日を2006年10月1日としており、この時の岩本は13歳でした。
すでにダンス歴は数年ありましたが、学校生活だけに集中できる時期から、レッスンやステージを並行する生活へ変わっていきます。その後、デビューまでは13年以上を要することになります。
正式な中学校名は公式プロフィールでは明かされていません。学校名の推測よりも、この時期にはすでにジュニアとして芸能活動を始めていたことが、本人の経歴を追ううえでは重要です。
高校時代には別のデビューの道も考えた
高校生になっても岩本はジュニアとして活動を続けていました。しかし、そのころにはK-POPの存在感も大きくなり、自分がどの場所でダンスを仕事にしていくのかを考える時期がありました。
『Myojo』2021年9月号のロングインタビューでは、高校時代に韓国でレッスンを受け、現地からデビューを目指す道も考えていたことを語っています。所属しているだけで将来が決まっている状況ではなかったことが分かるエピソードです。
それでも実際には日本でジュニア活動を続け、その後Mis Snow Man、Snow Manへと進んでいきました。高校時代は、すでに芸能活動をしていながら、その先の進路についても考えていた時期でした。
大学について分かっていること
「岩本照 大学」という検索も多く見られますが、現在の所属先公式プロフィールには大学名や大学卒業に関する記載はありません。
インターネット上では特定の大学名が挙げられることがありますが、本人や所属先が進学先として公表した確実な資料とは区別が必要です。そのため学歴カードにも大学名は登録していません。
岩本照はなぜジャニーズに入った?オーディションまでの意外な経緯
岩本が最初に事務所へ履歴書を送ったのは小学3年生ごろでした。しかし、そこから中学1年生で実際に事務所へ入るまでには数年の空白があります。
その空白の途中で挑戦した別の舞台オーディションが、思いがけない形で事務所入り直前の出来事と重なりました。
小学生で履歴書を送っても返事は来なかった
小学3年生で履歴書を送ったものの、事務所からすぐに返事が来たわけではありません。2026年の「徹子の部屋」では、そのまま数年が経過したと本人が説明しています。
つまり、履歴書を書いた時点でアイドルになることが決まったわけではなく、本人は返事を待ちながらダンスを続けていました。その間に別の舞台へ挑戦する機会も訪れます。
蜷川幸雄の舞台オーディションで最終選考へ
岩本は演出家・蜷川幸雄が手掛ける舞台のオーディションを受け、最終選考まで残りました。しかし結果は不合格でした。
小学生のころからダンスを続け、芸能の仕事を目指していた岩本にとって、最終選考での落選は軽い出来事ではありませんでした。
「自分には向いていないんだ」
出典:MANTANWEB「Snow Man岩本照:お腹が痛くなるほどダンスが嫌だった少年時代 自ら履歴書を書いてアイドルの道へ」(2026年9月3日)
そのまま母親に慰めてもらいながら帰路につきました。ところが、その帰り道で状況が一変します。
落選した帰り道に事務所から電話が入る
数年前に履歴書を送っていた事務所から、「オーディションがあるので来てください」という連絡が入りました。別の舞台で不合格になり、母親と帰っている最中の電話でした。
舞台オーディションに落ちたその帰り道で、数年前に自分で履歴書を送っていた事務所から連絡が来ました。
小学3年生だった自分が起こした行動への返事が、中学生になるころになって届いたことになります。最終選考での落選と事務所からの連絡が、同じ帰り道に重なりました。
2006年にジャニーズJr.として活動開始
岩本は2006年10月1日に事務所へ入所し、ジュニアとして活動を始めます。13歳、中学1年生のころでした。
ダンスを習い始めてからすでに数年が経っていましたが、事務所に入ったことはゴールではありません。ここからCDデビューまで、さらに長い時間をジュニアとして過ごすことになります。
岩本照のジュニア時代!Mis Snow ManからSnow Man結成へ
2006年に入所した岩本は、すぐにCDデビューしたわけではありません。ジュニアとして舞台やコンサートで経験を積み、やがてSnow Manの前身となるユニットで活動するようになります。
岩本のジュニア期間は13年以上に及びます。その間にはグループの形も変わり、後から入所したメンバーが先にデビューしていく時期もありました。
2009年にMis Snow Manで活動
WEBザテレビジョンの人物プロフィールでは、2009年にMis Snow Manを結成したと紹介されています。岩本はこのユニットで、舞台やジュニアの活動を重ねていきました。
この時点で、岩本が事務所へ入ってからすでに数年が経っています。小学生のころ思い描いた「踊りを仕事にする」という状態には近づいていましたが、CDデビューはまだ先でした。
グループが定まらない時期もダンスを続けた
ジュニアはデビューが保証された立場ではなく、参加するユニットや舞台の状況も変化します。岩本も長い期間をその環境で過ごし、ステージに立ちながら次の機会を待つことになりました。
その間もダンスは活動の中心にありました。小学校低学年ではレッスンへ行くことを嫌がっていた少年が、ジュニアのステージでは踊ることを仕事として続けていたことになります。
2012年にSnow Manが結成
2012年、岩本照、深澤辰哉、渡辺翔太、阿部亮平、宮舘涼太、佐久間大介の6人でSnow Manとして活動するようになります。フジテレビの公式プロフィールでも、Snow Manは2012年結成と紹介されています。
Snow Manという名前を持つグループになっても、すぐにCDデビューが決まったわけではありません。舞台を中心に経験を重ねる期間は、その後も続きました。
6人での活動を積み重ねたあと、2019年にはSnow Manそのものが大きく形を変えます。デビューへ向かう流れが具体的に動き始めるのも、この年でした。
Snow Man9人体制から2020年のCDデビューへ
2019年、Snow Manに向井康二、目黒蓮、ラウールが加わり、グループは9人体制になりました。岩本にとっては入所から12年以上が過ぎた時期です。
6人で続けてきたグループに3人が加わるという大きな変化を経て、その年の夏、長く待っていたCDデビューが公に発表されます。
2019年に9人体制となりデビューが決まる
2019年8月8日、東京ドームで行われたジャニーズJr.の公演で、Snow ManとSixTONESが2020年にCDデビューすることが発表されました。
岩本は2006年の入所から、この発表まで12年以上をジュニアとして過ごしています。その間には、自分より後に入所した後輩たちのデビューを見送ることもありました。
「長かったのは無駄じゃなかった」
出典:スポニチ「ジャニーズJr.『Snow Man』『SixTONES』が来年同時CDデビュー」(2019年8月9日)
デビュー発表時の岩本は、後輩に先を越されることのつらさにも触れています。それでも長く過ごしたジュニア時代を、デビュー後の活動で示していくという言葉を残しました。
デビュー前日には「D.D.」の振付を教える側に
CDデビューを翌日に控えた2020年1月21日、Snow Man公式YouTubeでは「D.D.」の振付を教えに行く企画が公開されました。参加したのは岩本照、阿部亮平、向井康二です。
岩本はダンススクールを訪れ、これから世に出る自分たちのデビュー曲を人に教える側に立っていました。
2020年1月22日「D.D.」でCDデビュー
2020年1月22日、Snow ManはSixTONESとの同時デビューシングル「D.D. / Imitation Rain」を発売しました。岩本が13歳で事務所へ入ってから、およそ13年3カ月後のCDデビューです。
小学3年生で自分から履歴書を送った時点から数えれば、さらに長い時間が流れています。事務所から返事が来なかった時期も、舞台オーディションで落ちた日も、Snow Manが6人で活動していた時期も、その途中にありました。
小学1年生のころは、レッスンの日が近づくだけでお腹が痛くなるほどダンスを嫌がっていた岩本照。デビュー前日には、そのダンスを自分たちの曲で人に教える側に立っていました。
母親に連れられて始めたダンスから、自分で書いた履歴書、13歳での入所、長いジュニア時代を経て、2020年1月22日にSnow Manとして最初のCDを世に送り出しました。





























コメントを残す