なにわ男子のリーダーとして、明るい笑顔や高い歌唱力、キレのあるダンスで知られる大橋和也。ステージでは自然に見える歌やダンスですが、その土台はアイドルになるより前、小学生のころから積み重ねてきたものでした。
きっかけを作ったのは母親です。大橋本人によると、母親が子役をさせたがっていたことから歌やダンスを始め、学校が終わったあとも練習を続けていました。
友達と遊ぶ時間がほとんどないほど歌とダンスに向き合った小学生時代が、のちのアイドル活動につながっていきます。
その一方で、幼いころには木に登って遊び、祖父母の家で映画を見た記憶も残っています。小学生になると幼なじみとアカペラグループを組み、テレビ番組にも出演しました。
ここからは、福岡で生まれた幼少期、家族との日常、浪速高校での学生生活、2009年の入所、長いジュニア時代を経て、なにわ男子としてCDデビューするまでを時系列で追っていきます。
大橋和也の生い立ちは?福岡で生まれた幼少期
大橋和也は1997年8月9日生まれで、公式プロフィールでは福岡県出身とされています。TNCテレビ西日本の「華丸・大吉のなんしようと?」では、福岡県古賀市出身として紹介されました。
一方、複数の「CLASSY.」のインタビュープロフィールでは「3歳まで福岡」と記されています。その後は大阪で育っており、大橋については「福岡で生まれ、幼い時期に大阪へ移った」と分けて見ると、出生地と育った場所を混同せずにたどれます。
2024年5月の同番組では、大橋が博多大吉と古賀市を歩き、幼いころによく遊んでいたという公園も訪れています。プロフィールの「福岡県出身」だけでは見えにくい、実際の幼少期の場所が番組の中に残っています。
祖父母の家で見た映画と木登りの記憶
大橋には奈良の祖父母の家で過ごした記憶もあります。後年のインタビューでは、祖父母宅で映画「ターザン」を見たことや、3歳くらいのころに見た怖い夢まで覚えていると話しています。
「子どものときの記憶は、どれも鮮明に覚えています。」
出典:@BAILA「なにわ男子 大橋和也さんに一問一答!『大人になった』と感じる瞬間は?」(2024年11月12日)
母親から聞いた幼いころの姿は、かなり行動的です。一人で外へ出て木に登ることもあったそうで、家の中だけで静かに過ごす子どもではありませんでした。
母の勧めで始めた歌とダンス
小学生になると、日常の中心に歌とダンスが入ってきます。大橋はテレビ番組で、母親が自分に子役をさせたがっていたことを明かし、その流れでダンスや歌を始めたと振り返っています。
「僕もいやいやダンスとか歌をやったんですよ。」
出典:WEBザテレビジョン「なにわ男子、子どもの頃に家庭で受けた教育を明かす『学校行った後に毎日レッスンがあった』」(2022年4月2日)
最初から本人が強く希望して始めたわけではありませんでした。母親からはダンスの練習や動画を見るように言われ、小学生のころは友達と遊ぶ機会が少なかったといいます。
本人が「6年間で遊んだ回数を数えられるくらい」と振り返るほど、放課後の時間はレッスンや練習に使われていました。のちに歌とダンスを武器にステージへ立つ大橋ですが、その練習量はかなり早い時期から積み上がっていました。
かれんと「やきそばソウル」でハモネプに出演
小学生時代には、練習だけでなくテレビ出演も経験しています。Little Glee Monsterのかれんとは幼いころからの知り合いで、一緒に歌やダンスに取り組んでいました。
「かれんとは、小学校の頃からずっと一緒に歌とかダンスとかやってきてて」
出典:ORICON NEWS「なにわ男子・大橋和也&リトグリ・かれん『Mステ』で幼なじみトーク」(2022年12月23日)
2人は同じアカペラグループで「ハモネプ」に2回ほど出演しており、グループ名は「やきそばソウル」。2025年の「しゃべくり007」では、小学5年生だったころの「やきそば★SOUL」の仲間が17年ぶりに集まる企画も放送されました。
歌とダンスを習っていた少年が、事務所に入る前から仲間とテレビの舞台に立っていたことになります。大橋のデビュー前をたどるうえで、小学生時代はすでに人前で表現する経験を重ねていた時期でした。
大橋和也の家族構成は?父親・母親・兄弟とのエピソード
大橋は3人兄弟で、本人は次男です。父親、母親、兄、弟と過ごしてきた家庭には、歌やダンスとは別の何気ない日常の話も多く残っています。
母と作ったお菓子が料理を始める入口に
母親は歌とダンスを始めるきっかけを作っただけでなく、料理に興味を持つ入口にも登場します。大橋が料理に関心を持ったのは、小学3年生ごろのホワイトデーでした。
「母親と生キャラメルとか、生ホワイトチョコを作りました。」
出典:オレンジページnet「【なにわ男子 大橋和也さん登場】ぼくの得意料理、めしあがれ!」(2025年5月24日更新)
一人で初めて作ったものは、砂糖を固めたべっこうあめだったといいます。その後は、家で同じ料理が続いたときに自分でも作ってみようと考えるようになり、料理そのものを楽しむようになりました。
父と兄は野球、大橋はダンスへ
2025年の「しゃべくり007」では、父親が野球のコーチをしており、兄も少年野球をしていたことを大橋が明かしています。3人兄弟の真ん中にいた大橋は、父や兄が取り組んでいた野球とは別に、歌とダンスの道へ進みました。
同じ番組では、大橋の両親がテレビに初めてそろって出演し、小学生時代の仲間も集まりました。現在の本人だけでなく、家族や幼いころを知る人たちが同じ番組に登場したことで、子どものころの生活や芸能活動を始めた背景が具体的に語られています。
家庭内では、かなり気取らない距離感で過ごしていたようです。2022年には「僕3人兄弟」と話したうえで、家族全員が家では服装をあまり気にしない家庭だったというエピソードを披露しています。
さらに2025年には、高校生まで母親と一緒に風呂に入ることがあり、自分が長風呂をしている間に母親だけでなく父親や弟も入ってきたと話しました。学校やレッスンで忙しい一方、自宅では家族が同じ空間に自然に集まる生活を送っていました。
大橋和也の学歴は?浪速高校と大学進学を迷った学生時代
大橋は小学生のころから歌とダンスを続け、中学・高校では芸能活動と学校生活が重なるようになります。小学校と中学校の具体的な校名については、本人や所属先が公表した確かな情報は見当たりません。
高校は大阪の浪速高校
高校については本人の発言があります。2024年11月放送のテレビ朝日「見取り図じゃん」で、芸人のみなみかわが浪速高校の出身だと話した際、大橋も同じ高校であることを口にしました。
「浪速高校です。」
出典:デイリースポーツ「『高校一緒?』みなみかわ、人気男性アイドルと同じ高校で仰天」(2024年11月5日)
同記事では、大橋は2016年卒業と紹介されています。高校生の時点ですでに関西ジャニーズJr.として活動しており、学校に通いながらレッスンや仕事を続ける生活でした。
連絡先を教えず、学校行事より稽古を優先した高校時代
高校時代の大橋は、学校の中でも芸能活動を強く意識していました。2025年の「しゃべくり007」では、同級生に連絡先を教えない、写真を撮るときに顔を隠す、恋愛をしないといった自分なりのルールを決めていたことが紹介されています。
学校行事にもほとんど参加せず、稽古を優先していたといいます。小学生のころはレッスンのため友達と遊ぶ時間が少なく、高校では関西ジャニーズJr.としての活動が学校生活の中に深く入り込んでいました。
大学進学かアイドル活動かで悩んだ高校3年生
高校卒業が近づくと、進路を決める時期が来ます。2025年6月の「高校生新聞」では、大橋が高校3年生の進路選択で、大学進学かアイドル活動に専念するかを悩み抜いたことが特集されました。
高校3年の大橋にとって、大学へ進むか、続けてきたアイドル活動に進むかは、簡単に決められる二択ではありませんでした。
大学の具体的な在籍歴や卒業歴は公表されていません。高校卒業後も関西ジャニーズJr.として芸能活動を続け、やがて2018年のなにわ男子結成へ進んでいきます。
大橋和也の入所日は?11歳から始まったジュニア時代
大橋和也の事務所入所日は2009年4月3日です。1997年8月9日生まれなので、当時は11歳。すでに歌やダンスのレッスンを重ね、「ハモネプ」への出演も経験したあとでした。
入所の入口にも家族が関わっています。なにわ男子の公式YouTube「大橋和也へ28の質問」で本人は、履歴書を送ったのが母親か祖母のどちらだったのか、本人にもはっきり分かっていないと話しています。
同じ動画では、応募に使った写真についても「七五三の写真じゃないかな」と記憶をたどっています。本人が自分で応募書類を整えたというより、幼いころから芸能活動を後押ししていた家族が、次の機会としてオーディションへつないだ形でした。
入所時は小学6年生になったばかりです。学校では通常の授業があり、放課後や休日には芸能活動が加わる生活へ移っていきました。小学生時代から続けていた歌とダンスは、ここから事務所のレッスンやステージで使う技術へ変わっていきます。
自分で一から芸能活動を探し始めたというより、それ以前から続けていた歌やダンス、子役を望んでいた家族の働きかけがあり、その延長線上に事務所のオーディションがありました。
入所以前にも芸能の仕事を経験していたことは、過去のインタビューをもとにした媒体記事でも紹介されています。本人にとって事務所のオーディションも、突然現れた一度きりの挑戦というより、すでに受けていたさまざまな仕事やオーディションの流れに近い感覚だったようです。
入所からなにわ男子結成まで約9年
2009年に入所したあと、大橋は関西ジャニーズJr.として活動を続けます。高校に入ってからも学校と仕事を並行し、高校卒業後もそのままステージに立ち続けました。
入所からなにわ男子が結成される2018年までは約9年あります。小学生で入った事務所で、中学、高校、卒業後まで時間を重ねたことになります。
2024年には、なにわ男子の公式YouTubeが「入所15年」を節目に、大橋本人の歩みを「個人年表」として振り返る動画を公開しました。幼いころから現在までを本人とメンバーがたどる内容で、記事だけでは分からない当時の話し方や反応も見ることができます。
入所前から身につけていた歌とダンスは、ジュニアとして活動する間も大橋の軸になりました。STARTO ENTERTAINMENTのバイオグラフィーには、関西ジャニーズJr.のコンサートや大阪松竹座の舞台など、グループ結成前に重ねた出演記録が残っています。
なにわ男子結成で訪れた転機
なにわ男子ができる2018年、大橋にはグループ結成より前にも大きな仕事がありました。2月から3月にかけて、藤原丈一郎とミュージカル「リューン~風の魔法と滅びの剣~」に出演しています。
この作品は、大橋と藤原にとって初ミュージカルであり、初のダブル主演、初座長でした。市川でのプレビュー公演から東京、静岡、福岡、大阪へと公演が続き、大橋は歌だけでなく芝居を含む舞台の中心を担いました。
公演期間は2018年2月3日から3月11日。なにわ男子結成の約7か月前に、藤原と2人で作品の看板を背負う仕事を経験していたことになります。同年の大橋は、ジュニアとしての活動を続けながら仕事の幅が広がっていた時期でした。
STARTO ENTERTAINMENTの2018年のバイオグラフィーには、同年5月から藤原丈一郎、高橋恭平とFM大阪「関西ジャニーズJr.のバリバリサウンド」に出演した記録もあります。のちになにわ男子で一緒になるメンバーとの仕事が、結成前から続いていました。
その2018年10月、大橋は西畑大吾、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜、藤原丈一郎とともに、7人組のなにわ男子として活動を始めます。大橋はグループのリーダーを務めることになりました。
結成後の7人は、テレビやライブで活動を重ねていきます。Storm Labelsの公式記録では、CDデビュー前の2021年には全国8か所を巡る単独アリーナツアーを開催しており、そのツアーの横浜アリーナ公演で次の知らせが届きました。
なにわ男子は結成後、関西ジャニーズJr.としてテレビやライブなど活動の場を広げていきます。ただ、結成した2018年の時点ではまだCDデビューは決まっておらず、そこからさらに約3年が続きました。
転機が公に告げられたのは2021年7月28日です。横浜アリーナで行われた「なにわ男子 First Arena Tour 2021 #なにわ男子しか勝たん」の公演中、11月12日にCDデビューすることがサプライズで発表されました。
「僕たちと一緒に盛り上がって、楽しみながら前に進みましょう!」
出典:ORICON NEWS「なにわ男子、CDデビュー発表で気持ち新た リーダー大橋和也『楽しみながら前に進みましょう!』」(2021年7月28日)
大橋は発表後のあいさつで、CDデビューを「新たなスタート地点」と表現しました。2009年に11歳で入所してから、この発表まで約12年。なにわ男子としても結成から約3年がたっていました。
2021年「初心LOVE」でなにわ男子としてCDデビュー
2021年11月12日、なにわ男子はシングル「初心LOVE(うぶらぶ)」でCDデビューしました。Storm Labelsの公式ディスコグラフィーにも、2018年10月のグループ結成、2021年7月28日のデビュー発表、11月12日の発売までが記録されています。
大橋にとっては、小学生のころに始めた歌とダンスが、長い時間を経てグループのデビューにつながった日でした。母親に促されて練習していたころには、まだ「なにわ男子」という名前もありません。
11歳で入った事務所で、中学、高校、高校卒業後の時間を過ごし、2018年になにわ男子の一員になります。そして2021年11月12日、7人で「初心LOVE」を世に送り出しました。
デビュー発表の日に本人が語った通り、それはゴールではなく「新たなスタート地点」でした。現在のなにわ男子のリーダーとしての姿は、そのスタート地点から続いています。




























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