SixTONESのステージで、伸びやかな歌声を響かせるジェシー。俳優やバラエティでも存在感を見せていますが、芸能界への入口はオーディションへの応募ではありませんでした。
きっかけになったのは、幼いころから通っていた空手道場です。そこにいたジャニーズJr.との偶然の出会いから、10歳だったジェシーの日常は少しずつ変わっていきます。
ジェシーの芸能界への入口は、長く続けていた空手の道場でした。
父の故郷ラスベガスで過ごしたクリスマス、家庭で流れていた洋楽や昭和歌謡、中学校の音楽室で歌を評価してくれた先生。現在の歌声につながる出来事は、デビューよりずっと前からいくつも残っています。
父親や母親、妹と過ごした家庭、学生時代、ジュニアとして活動した日々、そして2012年に集まった6人がSixTONESになるまで。ジェシーがアイドルとしてステージに立つまでを、本人が語ってきた昔の記憶とともにたどります。
ジェシーは昔どんな少年だった?幼少期のラスベガスと空手
ジェシーの公式プロフィールでは東京都出身とされています。幼少期の話をたどると、日本での日常だけでなく、アメリカに暮らす父方の親族と過ごした記憶も本人の口から語られています。
一方、長く続けた習い事は空手でした。遊びや学校とは別に道場へ通う生活があり、その道場が後に芸能界とつながる場所になります。
幼いころに見たラスベガスのクリスマス
父親はアメリカ・ラスベガス出身です。ジェシーは小さいころ、クリスマスの時期にラスベガスへ行くと親戚が集まり、さまざまな料理が並んでいたと振り返っています。
なかでも記憶に残っているのが、大きなケーキでした。子どものジェシーにとって、日本で見慣れていたものとは違うサイズ感そのものが驚きだったようです。
「アメリカってデカいんだなと思いました」
出典:マイナビニュース「SixTONESジェシー、アメリカのクリスマスに衝撃『一番びっくりしたのが…』」(2022年12月19日)
5歳から始めた空手で黒帯を取得
ジェシーは5歳から空手を習っていました。芸能活動が始まって忙しくなると、稽古を続けることは簡単ではなくなりましたが、父親からは中途半端なまま終わらせないよう言われていたそうです。
父から示された区切りは「黒帯を取ったらやめていい」というもの。ジェシーは中学生で黒帯を取得してから空手をやめました。
長く通ったその道場には、すでにジャニーズJr.として活動している少年もいました。
「あの場所にいなかったら、別の何かをしてたと思います。」
出典:J-WAVE NEWS「SixTONES・ジェシー、思い出の楽曲を明かす。『歌詞をかみしめて泣きたいとき』に聴くのは?」(2021年3月26日)
ジェシーの家族構成は?父親・母親・妹とのエピソード
ジェシーの昔話には、父親が自宅で音楽を流していた場面や、母親と妹と正月を過ごした場面が残っています。芸能活動を始める判断にも両親が関わっていました。
ラスベガス出身の父と日本人の母のもとで育つ
父親はラスベガス出身。幼少期に父方の親族と過ごしたクリスマスの記憶がある一方、日本の自宅では祖父母が見ていた番組や歌謡曲にも自然に触れていました。
音楽について本人が振り返った際には、父親がトレーニング中に流していた洋楽から音楽を知ったと話しています。ボン・ジョヴィやマイケル・ジャクソンを聴き、その後は沢田研二や玉置浩二などにも関心を広げていきました。
父親との関係では、空手を途中で投げ出さないよう黒帯取得まで続けた話も残っています。芸能活動が忙しくなっても、道場へ通っていた時間はすぐには終わりませんでした。
芸能界入りを「試してみれば」と勧めた両親
10歳で芸能界との接点ができたとき、ジェシー本人はこの仕事に強い憧れを持っていたわけではありませんでした。ジャニー喜多川氏から「試しにやってみれば」と声をかけられ、両親もまだ10歳なのだから挑戦してみればいいと背中を押しました。
本人は大人になってから、このときの「試しに」という言葉を笑いに変えて振り返っています。
「今も試しにやっているところです(笑)。」
出典:テレビ朝日『最初はパー』「制作発表記者会見を開催!」(公開日記載なし)
七夕の短冊には「ケーキ屋さんになりたい」と書いていた時期もあったそうです。10歳の時点で芸能界だけを進路として見ていたわけではなく、日常の延長に突然、新しい選択肢が加わりました。
妹と過ごした正月の記憶も
ジェシーには妹がいます。2026年のインタビューでも、自身と役柄の共通点を聞かれた際に「妹がいる」と自ら話していました。
また、髙地優吾と自宅で年越しした思い出を語ったことがあります。カウントダウンコンサートを終えて帰宅し、朝には母親と妹、髙地を交えて写真を撮り、その後にお節を食べたそうです。
仕事仲間が家族のいる正月の食卓に加わるという、小さな昔話です。妹について詳細な個人情報は公表されていませんが、本人の話には家族と過ごした場面がたびたび登場します。
ジェシーの学歴は?中学校の音楽室から高校時代まで
ジェシーは小学生のころに芸能活動を始め、その後は学校生活とジュニアの仕事を並行しました。具体的な学校名は公式プロフィールでは公表されていませんが、中学時代については本人と当時の音楽教師が振り返った印象的な場面が残っています。
中学時代の先生が歌声を評価していた
CDデビューを目前に控えた時期、ジェシーは中学時代の音楽教師と母校の音楽室で再会しました。その先生は当時からジェシーの歌声を評価し、「音楽系に行けばいいんじゃない?」と進路を示していた人物です。
再会した音楽室では、先生のピアノ伴奏に合わせて歌い、ギターのセッションも行いました。何年も前に授業を受けた場所へ、SixTONESとしてデビューする直前に戻ったことになります。
「俺の音楽人生はここから始まったんだろうな」
出典:ORICON NEWS「SixTONES・森本慎太郎&ジェシーが自らの原点へ 全国ツアー初日、あふれた涙…」(2020年1月17日)
家では父親が流す洋楽や祖父母が親しんでいた歌謡曲を耳にし、学校では音楽教師が歌声を評価する。ジェシーにとって音楽は、仕事を始めたあとだけに生まれたものではありませんでした。
高校時代もジュニア活動と学校生活を並行
高校時代には、後にSixTONESとなるメンバーと一緒に通学していた時期の思い出も残っています。2026年に6人がジュニア時代を振り返った際にも、高校へ通っていたころの話が語られました。
そのころにはすでに長くジュニアとして活動していましたが、まだSixTONESという正式なグループがあったわけではありません。学校へ通う一方で、それぞれが自分の仕事や次の機会を待っていました。
大学や専門学校について、本人の公式プロフィールに進学先の記載はありません。公表されている学生時代の話では、中学の音楽室や高校時代の通学といった具体的な記憶が中心です。
2026年にはSixTONES公式YouTubeでも、懐かしい給食を囲みながら小学生時代の思い出を振り返る企画が公開されています。
空手道場の出会いがジェシーを芸能界へつないだ
ジェシーが芸能界へ入るまでの流れは、一般的な「履歴書を送ってオーディションを受けた」という形とは少し違います。最初の接点を作ったのは、空手道場に通っていたジャニーズJr.の少年でした。
本人は入所時期について、2006年9月ごろ、10歳だったと話しています。小学4年生だったころの出来事です。
10歳でジャニー喜多川氏と出会う
同じ道場にいたジュニアから「ジャニーさんに会わない?」と声をかけられたジェシーは、その人物が誰なのかもよく分かっていませんでした。芸能人は「テレビの中」にいる人で、直接会うような存在ではないと思っていたと話しています。
それでも誘われるまま会いに行き、リハーサルで踊ることになりました。さらに、その約2週間後にはテレビでマイクを持って踊っていたと本人は振り返っています。
じっくり準備して芸能界を目指したというより、道場での出会いから急に現場へ入っていった形でした。本人にとっても、何が起きているのかを理解するより先に仕事が始まっていったようです。
芸能界をよく知らないまま始まったジュニア生活
当時はSMAPやKinKi Kids、嵐についても詳しく知らなかったと後年話しています。所属してから成長するなかで、テレビで見ていた人たちと自分が同じ事務所にいることを実感していきました。
ジュニア時代のジェシーは?歌とステージの土台を作った日々
10歳で始まったジュニア生活は、SixTONES結成まで約9年続きます。その間に舞台やテレビ、ユニット活動を経験し、歌う機会も増えていきました。
最初から現在の6人で活動していたわけではありません。メンバーはそれぞれ別のユニットや現場を経験し、その途中で何度も顔を合わせていきます。
2008年ごろはHip Hop JUMPで活動
ジェシーは2008年ごろ、ジュニア内ユニットのHip Hop JUMPで活動していました。SixTONESよりかなり前の時期で、本人も後年「2008年かな」と振り返っています。
幼いころに芸能界そのものをよく知らずに入った少年が、テレビや舞台の現場で経験を重ねていく時期です。歌声はジュニア時代から注目され、舞台で歌う機会もありました。
本名は?「ルイス・ジェシー」からジェシーへ
現在の公式プロフィールは「ジェシー」表記です。本名のフル表記は公式プロフィールには掲載されていませんが、本人は以前の活動名が「ルイス・ジェシー」だったことを明言しています。
「僕の名前も元々『ルイス・ジェシー』だったんですよ。」
出典:TOKYO FM『木村拓哉 Flow』「拓哉キャプテン × ジェシー・田中樹 Part1」(2021年7月4日)
本人の説明では、名前が長いという話から「ルイス」を外し、最終的にカタカナの「ジェシー」になりました。一時は漢字表記を考えるやり取りまであったものの、現在につながるシンプルな表記に落ち着いています。
戸籍上の本名について、現在の公式プロフィールにフルネームの記載はありません。本人が公に語っている「ルイス・ジェシー」は、以前使っていた活動名として扱います。
2012年『私立バカレア高校』で6人が集まる
2012年、日本テレビ系ドラマ『私立バカレア高校』で、ジェシー、京本大我、松村北斗、髙地優吾、森本慎太郎、田中樹の6人が共演します。後にSixTONESとなる顔ぶれですが、この時点では正式なグループではありませんでした。
ジェシーは、出演舞台のあとに日生劇場の楽屋へ集められ、「6人でドラマをやる」と告げられた場面をSixTONESの原点として挙げています。当時は髙地とも特別に仲が良かったわけではなかったそうです。
ドラマの後も6人での活動を望む声はありましたが、そのまま正式グループになったわけではありません。それぞれの仕事へ戻り、6人の関係は一度、明確な名前を持たない状態になります。
6人で直談判してSixTONESになるまで
『私立バカレア高校』で集まった6人が、もう一度同じ場所を目指すまでには時間がかかりました。事務所から新しいグループとして集められるのを待つのではなく、6人自身が動きます。
仕事が終わったあとに連絡を取り合い、鰻屋やメンバーの家で、どう伝えれば6人で再び活動できるのかを相談していました。お願いする言葉まで練習していたとジェシーは振り返っています。
「この6人で、もう一回やりたい」を伝える準備
相談の中心にあったのは「この6人で、もう一回やりたい」という意思でした。ジェシーにとって、ジャニー喜多川氏へ自分から何かをお願いすること自体が、それまでほとんどなかった行動でした。
「俺がジャニーさんに何かをお願いしたのはそれが最初で最後。」
出典:with digital「SixTONESインタビュー Vol.2 ジェシーさん編」(2022年12月23日)
2026年に6人が結成当時を語った際にも、2015年に自発的に集まって事務所へ直談判した経緯が紹介されています。ジェシーにはソロデビューの話もあったものの、6人での活動にこだわったことが明かされました。
2015年5月1日にSixTONES結成
6人の希望が形になり、2015年5月1日にSixTONESが結成されました。2012年のドラマ共演から約3年を経て、ようやく6人に正式なグループ名がつきます。
最初に示された表記は「SIX TONES」でしたが、その後「SixTONES」へ変化しました。「Six Tones」という6つの音色と、「Stones」という原石の意味を重ねた名前です。
ジェシーにとっては、10歳で一人のジュニアとして始まった活動が、ようやく自分たち6人の名前を持つ段階まで進んだことになります。ただし、この時点でもCDデビューはまだ先でした。
長いジュニア時代を経て2020年にCDデビュー
SixTONES結成後も、すぐにCDデビューが決まったわけではありません。6人はジュニアのグループとしてライブや舞台、YouTubeなど活動の幅を広げながら、さらに約5年を過ごします。
ジェシーが芸能活動を始めた2006年から数えると、CDデビューまでは十数年。空手道場で声をかけられた10歳のころには想像していなかった長い道のりになりました。
東京ドームで発表されたデビュー
2019年8月8日、東京ドームで行われた『ジャニーズJr.8・8祭り ~東京ドームから始まる~』で、SixTONESとSnow ManのCDデビューが発表されました。
公の発表より前には、療養中だったジャニー喜多川氏の病室にSixTONESとSnow Manのメンバーが呼ばれ、2組同時デビューを告げられたと田中樹とジェシーが後に明かしています。大声で喜べる状況ではなく、静かに受け止めた知らせでした。
「Imitation Rain」で最初の一歩
2020年1月22日、SixTONESは「Imitation Rain」でCDデビューしました。2006年9月ごろに始まったジェシーのジュニア生活は、ここでひとつの大きな区切りを迎えます。
デビュー5周年を迎えた2025年には、ツアー『YOUNG OLD』で再び東京ドームのステージに立ちました。公式Xには、公演を終えた6人の姿も残されています。
デビュー後、SixTONESは東京ドームにも立つグループになりました。ジェシーの出発点をたどると、その最初の一歩は華やかなステージではなく、いつものように通っていた空手道場の中にありました。


























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