Snow Manの最年少メンバーとして知られるラウール。現在はグループでの歌やダンスだけでなく、モデルとしても活動していますが、その表現の土台はSnow Man加入よりずっと前の少年時代にありました。
10歳ごろにはすでにキッズダンサーとしてAIのツアーに参加し、2014年にはダンスチーム「D’S TOY BURN」のメンバーとしてコンテストの舞台に立っています。事務所へ入る前から、人前で踊る経験を重ねていました。
Snow Manに入る前から、ラウールの少年時代の中心にはダンスがありました。
2015年に11歳で事務所へ入り、ジュニアとして舞台や楽曲に参加。2019年には15歳でSnow Manに加わり、年上のメンバーたちと9人体制で歩き始めます。
ラウールの本名は?「村上真都ラウール」時代を確認
現在の公式プロフィールで使われている名前は「ラウール」です。一方、Snow Manへ加入した2019年当時の記事では、「村上真都ラウール」という表記で活動していたことが確認できます。
2019年3月、新たに9人体制となったSnow Manが初めて雑誌の表紙を飾った際にも、ORICON NEWSは新加入メンバーを「向井康二、目黒蓮、村上真都ラウール」と紹介していました。同月の横浜アリーナ公演を伝える記事でも同じ表記が使われています。
そのため「村上真都ラウール」は、少なくとも当時の活動名として確認できる名前です。現在は公式サイト、音楽レーベルのプロフィールともに「ラウール」で統一されています。
戸籍上の氏名について、現在の公式プロフィールでは公表されていません。「村上真都ラウール」は旧活動表記として扱うのが確実です。
ラウールは昔どんな子だった?キッズダンサー時代
ラウールがダンスを始めたのは小学生のころです。『Myojo』の本人インタビューを紹介した資料では、小学1年生のころ、母親に勧められて地元の教室へ通い始めたとされています。兄や幼なじみも一緒で、最初からプロを目指すような始まり方ではありませんでした。
小学3年生ごろになると、もっと本格的に踊りたいという気持ちが強くなり、ダンススタジオへ通うようになります。学校生活の外側にあった習い事が、少しずつ日常の大きな部分を占めるようになっていきました。
ダンス大会では「まいとラウール」として活動
事務所入所前の活動を具体的に残している資料の一つが、GRANDSOULのダンス誌です。2014年度の大会記事には、HIPHOPチーム「D’S TOY BURN」のメンバーとして「まいとラウール」の名前が掲載されています。
チームは「Birthday2014中学生部門」で4位。メンバー欄にはLEO、瞬、RYUSHIN、Raimuと並んで「まいとラウール」が記載され、所属はSWAG、地域は東京となっています。後年のアイドル活動とは違う、キッズダンサーとしての記録です。
体力と筋力つくり!肉体改造。
出典:GRANDSOUL STREET DANCE MAGAZINE「Birthday2014中学生部門」(2015年4月)
同じ誌面では、作品を作ったDeeや、アドバイスをくれるRIEHATAへの感謝も本人名義で記されています。RIEHATAとの接点は後年の情報だけではなく、この時期のダンス大会資料にも残っていました。
10歳ごろにはAIのツアーで踊っていた
もう一つ、少年時代のラウールを象徴するのがAIとの縁です。2023年に『ミュージックステーション』でAIと共演した際、ラウールは自分がキッズダンサーだった2013年ごろを振り返りました。
僕がまだキッズダンサーだった頃、AIさんの2013年くらいのツアーのオープニングアクトダンサーをやらせていただいたことがあって
出典:ORICON NEWS「Snow Manラウール&AI、10年ぶり“再会”に感激 キッズダンサー時代を回想『本当にかわいくて』」(2023年9月8日)
番組では当時10歳だったラウールの写真も紹介され、AIもそのころのことを覚えていました。Snow Manとしてデビューする何年も前に、すでにプロのツアーのオープニングアクトという現場を経験していたことになります。
小学校の思い出はダンスだけではありません。後年、夏休みの自由研究について話したときには、山手線を自転車で一周し、各駅で写真を撮って模造紙に貼った経験を明かしています。駅ごとに時間や感想も記録し、約6時間かかったという、かなり行動派の自由研究でした。
ラウールの家族構成は?父親・母親・5歳上の兄との関係
ラウールは父、母、5歳上の兄がいる家庭で育っています。ORICON NEWSでは父がベネズエラ人、母が日本人と紹介されており、本人はラジオで5歳上の兄について具体的な思い出を話しています。
父はベネズエラ人、母は日本人
父親や母親は一般人のため、職業や氏名などの詳細は公表されていません。知られているのは父がベネズエラ人、母が日本人であること、そして本人に5歳上の兄がいることです。
ダンスとの最初の接点にも家庭が関わっていました。小学1年生ごろ、母親に勧められて教室へ通い始め、兄も一緒にダンスを習っていたと本人は雑誌インタビューで振り返っています。少年時代のラウールにとって、ダンスは家の外だけで完結するものではありませんでした。
5歳上の兄とは取っ組み合いのけんかも
兄との関係には、いかにも男兄弟らしい小学生時代の場面があります。2022年の『Snow Manの素のまんま』で兄弟げんかの話題になったとき、ラウールは自分にもかなり激しいけんかの記憶があると話しました。
俺がめっちゃ覚えてるのは、夕方にケンカして、結構マジな取っ組み合いみたいな。
出典:WEBザテレビジョン「ラウール、Snow Manのメンバーへの思い『本当の兄弟感があるのがいい』」(2022年3月4日)
その日は夕方から家族で出かける予定でしたが、けんかに腹を立てたラウールは、親へ兄を連れて行かないでほしいという内容のメールを送ったそうです。本人自身も後から「被害者面」と笑いながら振り返っていました。
同じ放送でラウールは、自分が家庭でもSnow Manでも末っ子であることにも触れています。実生活では5歳上の兄がいて、グループに入れば年上メンバーばかり。15歳でSnow Manに加わったあとも、年齢差のある環境は日常の一部になりました。
ラウールの学歴は?学生時代から早稲田大学進学まで
ラウールは小学生のころからダンスに取り組み、小学校高学年で芸能活動も始めました。その後は学校生活と仕事を並行し、高校在学中にSnow Manへ加入。2022年4月には早稲田大学人間科学部の通信教育課程へ進学しています。
小学校ではダンスの一方で自由研究にも全力
小学校の正式な校名は現在の公式プロフィールには掲載されていません。ただ、本人が語ってきた学校生活には、ダンス以外の少年らしい場面も残っています。
山手線を自転車で回った自由研究では、ただ一周するだけではなく、各駅で写真を撮って記録を残しました。キッズダンサーとしてコンテストへ出ていた時期と、学校の課題に向き合う時間が同じ少年時代の中にありました。
高校では「一言もしゃべらず帰る日」もあった
高校生になると、すでにSnow Manとして人前に出る仕事が増えていましたが、学校での姿はステージ上とはかなり違ったようです。2021年、現役高校生としてラジオで学校生活を聞かれたラウールは、仕事前にも登校してきたと話したうえで、教室での自分をこう表現しています。
学校で一言もしゃべらずに帰ることがあるから
出典:WEBザテレビジョン「現役高校生のラウールが、学校生活を告白『だいぶ陰キャですね』<素のまんま>」(2021年6月4日)
教室では廊下側の一番後ろの席で、自分を「だいぶ陰キャ」と表現。一方、学校での楽しみとして友人たちとのバスケットボールを挙げています。外で遊ぶと日焼けするものの、学校で日焼け止めを塗ると「アイドルぶっている」と思われそうで恥ずかしいとも話していました。
テレビやステージでは大勢の視線を集める立場になっていても、学校では目立たず過ごしたい気持ちがあったことが伝わるエピソードです。この時期には仕事と通学が同じ一日の中に並んでいました。
2022年4月に早稲田大学へ進学
高校卒業後の2022年4月、ラウールは早稲田大学人間科学部健康福祉科学科の通信教育課程へ入学しました。芸能活動を続けながら学ぶ進路を選んでいます。
大学入学が公になった時点ですでにSnow ManはCDデビュー後でしたが、進学までの流れは学生時代から続いています。2022年入学という事実だけから卒業時期を決めることはできないため、学歴カードでは入学までを記載します。
11歳で入所!ラウールのジュニア時代
ラウールが事務所へ入ったのは2015年5月2日。2003年6月27日生まれなので、誕生日を迎える前の11歳でした。すでにキッズダンサーとしてステージ経験はありましたが、ここから「アイドル」の現場へ入っていきます。
同年12月には帝国劇場の『JOHNNYS’ World』に出演。STARTO ENTERTAINMENTの公式バイオグラフィーにも、2015年12月11日から翌年1月27日までの公演参加者としてラウールの名前が残っています。
ジュニアBoysとして「勇気100%」に参加
2016年6月27日には、ジュニアBoysとして「勇気100%」に参加しました。NHK Eテレ『忍たま乱太郎』のテーマ曲で、ファミリーマート限定商品として発売された作品です。
翌2017年には『ジャニーズ銀座2017』や帝国劇場『JOHNNYS’ YOU&ME IsLAND』などへ出演。キッズダンスのコンテストとは違う、先輩たちと一緒に作る舞台やアイドルのステージを経験する時間が続きました。
入所直後にいきなりSnow Manへ入ったわけではありません。11歳で入所してから2019年の加入まで約4年。舞台やジュニアの活動を重ねる時間があり、その間も学校へ通っていました。
Snow Man加入は2019年1月。CDデビューは2020年1月22日です。入所、グループ加入、CDデビューはそれぞれ別の時期です。
15歳でSnow Man加入!9人のステージへ
2019年1月、Snow Manは大きく形を変えます。それまでの6人に、向井康二、目黒蓮、ラウールの3人が加わり、9人体制になりました。ラウールは当時15歳。長く活動してきた年上のメンバーの中へ入ることになります。
加入から間もない2019年3月、9人で初めて雑誌の表紙を飾った際、ラウールは自分が新しく入った側であることを意識した言葉を残しています。
「いつかラウールくんがSnow Manに来て良かった」と思ってもらえるような成長を遂げたい
出典:ORICON NEWS「Snow Manが新体制9人で初表紙 『滝沢歌舞伎ZERO』京都の手応え語る」(2019年3月6日)
すでに完成していたグループに年下の自分が加わる。その状況で「来て良かったと思ってもらえるように」と語っていたことからも、当時の立ち位置が見えてきます。
横浜アリーナで9人体制の単独ライブ
同月24日と25日には、横浜アリーナで『Snow Man LIVE 2019 ~雪 Man in the Show~』を開催しました。加入後のラウールにとって、9人のSnow Manとして大きな会場へ立つ初期の重要なステージです。
自分的には初めての経験がたくさんあるので、頑張っていきたいです
出典:ORICON NEWS「Snow Man新メンバー・ラウール『あやや、わからない』 “歳の差”に深澤辰哉も驚き」(2019年3月26日)
この会見では年齢差がよく分かる場面もありました。松浦亜弥の愛称「あやや」が分からず、深澤辰哉ら年上メンバーを驚かせています。15歳の新メンバーと、長くジュニアとして活動してきたメンバーが同じグループになったばかりのころならではの一幕でした。
2019年4月に公開された公式動画「10問10答」は、新メンバー加入直後の9人の空気を映した記録です。完成した現在のSnow Manから振り返るのではなく、まだ互いを知っていく途中の姿を見ることができます。
『滝沢歌舞伎ZERO』で9人のSnow Manへ
横浜アリーナの翌月、9人は新橋演舞場の『滝沢歌舞伎ZERO』へ出演しました。京都四条南座での公演を経て、新橋演舞場へ進んだ時期です。ラウールにとっては、Snow Manとして舞台を作る時間が本格的に始まっていきます。
キッズダンサー時代には同年代の仲間とコンテストへ出ていた少年が、ここでは大きく年齢の離れた先輩たちと同じグループの一員として舞台に立っています。2019年の数か月で、活動の環境は一気に変わりました。
2019年には舞台やライブだけでなく、岩本照、渡辺翔太、目黒蓮とドラマ『簡単なお仕事です。に応募してみた』にも出演。Snow Man加入後、ラウールが経験する仕事の幅も広がっていきました。
9人体制で過ごした最初の一年が終わると、次に待っていたのがSnow ManとしてのCDデビューでした。
16歳でSnow ManとしてCDデビュー
Snow Manは2020年1月22日、「D.D. / Imitation Rain」でCDデビューしました。MENT RECORDINGの公式ディスコグラフィーでも「1st Debut Single」として記録されている作品です。
ラウールは当時16歳。10歳ごろにAIのツアーで踊っていたキッズダンサーは、11歳で事務所へ入り、15歳でSnow Manへ加入し、16歳でCDデビューの日を迎えました。
CDデビュー後も、ラウールはSnow Manでの活動と並行しながら、ダンスやファッションの分野で表現の幅を広げていきました。少年時代から続けてきた「踊ること」は、形を変えながら現在の活動にもつながっています。
「D.D.」はその後もSnow Manを象徴する曲の一つとして歌われています。現在のラウールの表現をたどるとき、その前にあったのは、地域のダンス教室から始まり、ダンス大会、ジュニアの舞台、9人になったばかりのSnow Manへと続いた少年時代でした。
最初からSnow Manのラウールだったわけではありません。踊ることを続けてきた少年が、いくつもの違うステージを通り、9人の一員としてデビューするまでに積み重ねた時間が、ラウールの「原点」です。



























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