なにわ男子の最年少メンバーとしてステージに立ち、グループの衣装も手がけている長尾謙杜さん。
アイドルとして知られるようになる前をたどっていくと、芸能界との最初の接点は現在の事務所へ入ったときではありません。まだ幼いころから、すでにカメラの前に立つ経験をしていました。
長尾謙杜さんは3歳ごろに子役としてスカウトされ、CMやキッズモデルを経験したのち、12歳で現在の事務所へ入りました。
一方で、中学生になると先生に自転車を没収されたり、竹やぶで遊んで怒られたり。高校では友人とタピオカを飲みながら街を歩き、思いつきでユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ向かうこともあったそうです。
子役だった幼少期から家族との関係、学校で過ごした時間、そして関西ジュニアからなにわ男子になるまで。長尾さん自身が後年語った昔話を中心に、その歩みを追っていきます。
長尾謙杜は3歳で子役にスカウト!幼少期からキッズモデルまで
長尾さんと芸能界との接点は、現在の事務所へ入るよりもかなり前に始まっています。
2025年に出演したフジテレビ系「ぽかぽか」で、本人は3歳のころに子役としてスカウトされたことを明かしました。当時のことは本人にはほとんど記憶がなく、母親から聞いた話として振り返っています。
3歳で子役として芸能活動をスタート
子役として活動を始めた長尾さんは、演技教室にも通っていました。そこには、後に俳優として活躍する芦田愛菜さんも在籍していたそうです。
3歳の頃に子役としてスカウトしていただいて
出典:スポニチ「なにわ男子・長尾謙杜 実は子役出身だった 3歳でスカウト、同じ演技教室に通っていた人気女優明かす」(2025年10月24日)
本人の記憶には残っていないほど幼い時期ですが、スカウトを受けたあと、母親が「やってみよう」と子役の仕事を始めることになりました。
この時点では、後になにわ男子として歌い踊る未来が決まっていたわけではありません。幼少期の長尾さんが最初に経験したのは、子役としての撮影や演技の仕事でした。
8歳で海遊館のCMに出演
子役の仕事は一度きりではなく、8歳ごろには大阪の水族館「海遊館」のCMにも出演しています。
大人になってからバラエティー番組で当時のCM映像を見る機会があり、自分の声の高さに驚いたという長尾さん。幼い声で「かいゆーかん!」と言っていた自分を振り返っていました。
大阪で育った少年にとって身近な施設のCMに、自分自身が出演していたことになります。現在の姿だけを見ると意外ですが、テレビカメラの前に立つ経験そのものは小学生になる前後から重ねていました。
小学生時代は家庭科教材のキッズモデルも経験
さらに小学生時代には、キッズモデルとしても活動していました。
本人が紹介したのは、小学校の家庭科でエプロンを作るときに使う教材カタログ。生地やデザインを選ぶために配られるパンフレットに、12歳当時の長尾さんがモデルとして登場していたそうです。
学校で同年代の子どもたちが手にする教材に、自分がモデルとして載っていた時期がありました。
子役、CM、キッズモデルと経験する仕事の形は変わっていきますが、このころはまだ現在の事務所には所属していません。アイドルへの入口が訪れるのは、小学校高学年になってからです。
長尾謙杜の家族構成は?父親・母親とのエピソード
長尾さんの幼少期から芸能活動への入口までを見ていくと、家族の存在がたびたび登場します。特に母親は、子役を始めたときと、現在の事務所へ入るときの両方に関わっていました。
一人っ子として育った長尾謙杜
長尾さんには兄や姉、弟、妹はいません。2023年、ドラマ「王様に捧ぐ薬指」への出演が発表された際、きょうだいの多い役を演じることについて本人が一人っ子であることを明かしています。
実際の僕は一人っ子なので
出典:MANTANWEB「なにわ男子・長尾謙杜:橋本環奈の弟で小説家志望の大学生 “火10”ドラマ『王様に捧ぐ薬指』 坂東龍汰も出演」(2023年2月28日)
一般人である両親の氏名や職業は公表されていません。家族について分かっているのは、本人がテレビやインタビューで話してきた日常のエピソードが中心です。
母親が子役活動と事務所応募を後押し
3歳でスカウトされたとき、本人にはまだ自分で芸能活動を決められるような年齢ではありませんでした。そこで「やってみよう」と動いたのが母親でした。
その後も子役やキッズモデルの経験が続き、小学校高学年になると、母親は長尾さんの履歴書を現在の事務所へ送ります。
子役時代とアイドルへの入口は別々の出来事ですが、どちらにも母親が関わっています。長尾さん自身も、事務所への応募について「母親が応募して」と後年はっきり語っています。
父親は芸能活動を応援
父親については、長尾さんが芸能活動を続ける姿を家庭でも見守っていたことが分かる話があります。
すごい応援してくれてますね
出典:WEBザテレビジョン「なにわ男子、子どもの頃に家庭で受けた教育を明かす『学校行った後に毎日レッスンがあった』」(2022年4月2日)
父親と一緒に出演番組を見ていたときには、長尾さんの振る舞いを見た父親が「お前パターン少ないな」と一言。普段は仕事についてあまり多くを言わない父親からの不意の指摘だったそうです。
長尾さんは父親との思い出として、江の島へ出かけた話をテレビ番組で披露したこともあります。芸能活動だけではなく、親子で出かけた時間も本人の記憶に残っています。
祖父との昔話もあります。祖父の家では無農薬の野菜を育てており、冬にはキャベツや白菜、夏にはキュウリやトマト、ナスを食べるのを楽しみにしていたそうです。祖父の家でいちご狩りをした思い出も語っています。
長尾謙杜の学歴は?中学・高校時代と大学進学
長尾さんは学校生活について、後年のインタビューでかなり具体的な思い出を話しています。正式な学校名以上に見えてくるのが、友人や先生とどのように過ごしていたかという日常です。
中学時代は自転車と竹やぶで先生に怒られた
中学時代の思い出を尋ねられた長尾さんは、小学校と中学校が同じだった友人に電話をして、昔どんなことをしていたのか一緒に振り返ったそうです。
中学時代の僕は、バカばっかりしてましたね。
出典:Ray「【なにわ男子・長尾謙杜】お仕事にあわせて別人格がある!?劇場映画初主演作品『おいしくて泣くとき』について♡」(2025年3月28日)
学校では自転車通学が禁止されていたものの、長尾さんはこっそり自転車で登校。先生に見つかって自転車を没収されました。
普通ならそこで終わりそうな話ですが、実家には自転車が4台ほどあったため、次は別の自転車で登校したそうです。再び先生に見つかるまで、その繰り返しでした。
学校の近くには竹やぶもあり、友人たちと中へ入って遊んでいたこともあります。先生から何をしていたのか問い詰められると、「かぐや姫探してました」と返答。別の日には「流しそうめんを作ろうと思っていた」と答えるなど、そのたびに違う言い訳を考えていました。
怒られないよう静かに過ごしていたというより、先生とのやり取りまで含めて友人たちとの学校生活を楽しんでいた様子が浮かびます。
高校時代はタピオカとユニバが放課後の定番
高校へ進むころには芸能活動と学校生活を並行していました。高校の友人は部活動で忙しい人が多く、放課後は中学時代からの友人と遊ぶことが多かったそうです。
放課後、タピオカを飲みながら街ブラするのが定番。
出典:Seventeen-Web「なにわ男子、長尾謙杜くんの高校時代って?」(2023年3月3日)
ちょうどタピオカが流行していた時期で、友人と飲みながら街を歩くのがいつものコース。大阪の高校生らしく、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの年間パスポートを持つ友人も多かったといいます。
放課後に「ユニバ行く?」と急に決まり、そのまま向かう日もありました。中学時代からの友人たちはそれぞれ別の高校へ進んでいたため、全員が違う制服を着たままUSJに集まることもあったそうです。
制服にも長尾さんなりのこだわりがありました。指定のブレザーは重くて好きではなく、学校の近くまでは自分のマウンテンパーカを着て行き、到着する前にブレザーへ着替えていたと話しています。
思い出の学食はからあげ丼
高校生活の記憶には、友人や制服だけでなく食堂の味も残っています。お気に入りだったのは「からあげ丼」でした。
高校の食堂にからあげ丼というメニューがあって。
出典:女性自身「なにわ男子・長尾謙杜『最近のご褒美は週1の二郎系ラーメン』」(2025年4月5日)
1年生のころから繰り返し注文していたため、3年生になるころには食堂の人がネギやマヨネーズを多めにしてくれるようになり、ときには唐揚げまで1個増えていたそうです。
仕事を続けながら通った高校で、毎日のように顔を合わせる食堂の人とのやり取りも、卒業後まで残る学校の思い出になりました。
大学進学や学校名は公表されている?
長尾さんの小学校・中学校・高校について、本人や所属先は正式な学校名を公表していません。本人のインタビューから高校生活や卒業後の話は分かりますが、ネット上で挙げられている学校名を本人が明言したものではありません。
大学についても、本人や所属先から進学先や大学名は公表されていません。そのため、特定の大学名を学歴として扱うことはできません。
長尾謙杜さんについてサッカーとの関係も知られていますが、学生時代にサッカー部へ所属していたという本人・所属先の公表はありません。2026年には、サッカー日本代表の新アウェイユニフォームのビジュアルに起用されています。
12歳で現在の事務所へ!長尾謙杜の入所とオーディション
子役やキッズモデルの仕事を経験してきた長尾さんですが、現在の事務所へ入ったきっかけはスカウトではありませんでした。
小学校6年生だったころ、母親が履歴書を送り、長尾さんは大阪で行われたオーディションへ参加します。
母親が応募し本人もオーディションへ
母親から応募された長尾さん自身も、「ちょっとやってみようかな」と思ってオーディションへ向かいました。
すでに子役として撮影経験はありましたが、ここから先はアイドルとして歌やダンス、ステージに立つ道につながる審査です。
ただし、当日の長尾さんにはオーディション以外にも大事な予定がありました。友人たちとUSJへ遊びに行く約束です。
「ユニバに行きたい」とオーディションを途中退席
大阪で行われたオーディションとUSJへ行く予定が同じ日に重なってしまい、長尾さんは審査の途中で帰ることを選びました。
すみません、ユニバに行きたいんで帰らせてください
出典:スポニチ「なにわ男子・長尾謙杜『ユニバに行く日と重なってしまって…』オーディションでの自身の態度を“反省”」(2025年10月24日)
そのまま縁が途切れたわけではありません。帰ったあと再び「来てください」と連絡を受け、最終的に合格しました。
中学生になってから竹やぶで先生に「かぐや姫を探していた」と返した話にも通じるような、少し肩の力が抜けた少年時代の一場面です。
入所日は2014年11月23日!関西ジュニアとして活動開始
長尾さんがオーディションを受けて事務所へ入ったのは2014年11月23日。12歳でした。同じ日に道枝駿佑さん、高橋恭平さんもオーディションを受けており、後になにわ男子で一緒になる3人は同期にあたります。
ここから長尾さんの活動は、子役やキッズモデルから関西ジュニアへと変わります。歌やダンスを覚え、先輩のステージなどを経験しながら、アイドルとして過ごす時間が始まりました。
関西ジュニア時代からなにわ男子結成へ
2014年に入所した長尾さんは、関西ジュニアの一員として活動を続けます。この時期には、同期の道枝駿佑さん、高橋恭平さんと一緒に過ごす機会も増えていきました。
まだ個人のCDデビューが約束されているわけではなく、舞台やコンサートなどの経験を重ねながら活動していた時期です。
ジュニアとしてステージ経験を重ねる
ジュニア時代の長尾さんを知るうえで、本人が自分の人生を振り返った公式YouTube動画があります。なにわ男子の「個人年表企画」で、3歳からの子役時代やデビュー前の出来事をメンバーと一緒に話しています。
学校へ通いながらジュニアとして活動していた長尾さんに、大きな変化が訪れたのは2018年秋です。
高校時代の2018年になにわ男子メンバーへ
2018年10月、長尾さんは西畑大吾さん、大西流星さん、道枝駿佑さん、高橋恭平さん、藤原丈一郎さん、大橋和也さんとともに、7人組の「なにわ男子」のメンバーになります。
本人によると、グループ結成を知ったのは事前の会議や直接の呼び出しではなく、マネージャーから送られてきた一斉メールでした。
そのとき長尾さんは、偶然にも同期の高橋恭平さんと一緒にいて、これから映画を見るところでした。メールには7人の名前とともに、これから「なにわ男子」として活動することが書かれていたといいます。
最初は2人とも「ドッキリではないか」と思ったまま映画を鑑賞。映画館を出たあともグループの話が動いていたことで、本当に結成されたのだと実感したそうです。
「なにわ男子」という名前を初めて見たときには驚いた長尾さんですが、後から別候補が「たこ焼きボーイズ」だったと聞き、「なにわ男子で良かった」と思ったことも明かしています。
結成時の長尾さんは高校生でした。放課後には友人とタピオカを飲み、USJへ遊びに行っていた一方で、学校の外では7人組のアイドルとしての活動が本格的に始まっていきます。
なにわ男子としてCDデビューするまで
なにわ男子は結成後すぐにCDデビューしたわけではありません。関西ジュニアのグループとして約3年間活動し、コンサートや舞台、テレビなどで7人の時間を重ねていきました。
長尾さんにとっては、3歳で始まった子役時代から数えると、芸能の仕事に触れてきた時間はさらに長くなっていました。
2021年7月28日にデビュー決定を発表
転機となったのは2021年7月28日です。全国アリーナツアー「なにわ男子 First Arena Tour 2021 #なにわ男子しか勝たん」の横浜アリーナ公演で、7人にCDデビュー決定が伝えられました。
7月28日は「なにわの日」。ステージ上で発表されたデビュー日は、その年の11月12日でした。
2014年11月23日にオーディションを受けた長尾さんにとって、関西ジュニアとして活動を始めてからおよそ7年後の発表でした。
2021年11月12日「初心LOVE」でCDデビュー
2021年11月12日、なにわ男子はシングル「初心LOVE(うぶらぶ)」を発売し、CDデビューを迎えました。
長尾さんが最初に芸能の仕事に触れたのは3歳のころでした。その後、子役やキッズモデルとは違う道として12歳から関西ジュニアの活動が始まり、高校時代になにわ男子の7人の一人になります。
そして2021年11月12日、「初心LOVE」の発売とともに、なにわ男子としてCDデビューの日を迎えました。ここから先は、「アイドルになるまで」ではなく、アイドルになった長尾謙杜さんの時間へと続いていきます。



























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